科学技術は人間を本当に幸せにしているのか?
還暦を前にして大学院でいろいろと議論する機会が増え、我が人生を振り返る時、修論のテーマを何にするか?最近よく考えさせられることを書こうと思いました。
大学を卒業以降、技術者として科学技術の発展に貢献すべく、35年の長きに渡る期間を研究開発・製品製造、その環境安全・エネルギー施策に関わってきました。
科学技術の発展は豊かな人間社会の便益に繋がるべきもので、18世紀に始まる産業革命から現在に至る進歩はヒトへの好ましい貢献は多いものの、日本では1970年代の公害問題に始まり、現状に至る地球温暖化、廃棄物問題、生態系の変容等、想定外の問題も誘発されており、必ずしも良い側面だけではない科学技術の進歩の異なる一面を見ることができます。
太陽光発電を具体例として取り上げて考察してみます。太陽光発電はシリコンが半導体であり、光エネルギーを電気エネルギーに変換できる物性的特徴に着目して、発電自体にはCO2排出もなく、環境に優しい電気エネルギー源として現状最も有効な再生可能エネルギーとして活用されています。
実用化に際しては、1973年の第1次オイルショックを契機に、環境問題を包括したエネルギー問題への対処を目指して、1974年の『サンシャイン計画』として始まりました。1993年からはムーンライト計画(地球環境技術開発計画)と地球環境技術開発計画を統合したニューサンシャイン計画として取り組まれ、2022年の現状においても国策としてプロジェクトが継続されています。
太陽光発電はそのコアとなる発電技術として展開されており、2020年の全発電量に対する再生可能エネルギー比率は19.8%、太陽光発電比率は7.9%を占めています。太陽光発電は今や日本だけではなく、世界中で必須とされる発電技術となり、人類の生活にはなくてはならないものになっています。
とは言え、近年においては負の側面が現れてきており、環境問題としては生産過程におけるCO2排出や廃棄物問題、行政的な問題ではFIT制度を逆手に取った法令違反、そして特に近年問題になっている景観破壊は単に環境問題だけではない、これまでになかった人の心理的側面からの課題も包括しています。エネルギー供給の側面からは、太陽光発電は人のWell-beingな側面に貢献していると思いますが、実用化の段階でMal-beingな側面を多面的に醸し出していることが最近気になるところです。
→ ここが環境心理学への興味に繋がっているわけです。
日照率日本一の山梨県北杜市における太陽光発電パネルの景観破壊の問題を具体例とし取り上げます。この問題に関しては、多くの論文が執筆されており、
社会的ジレンマの事例としても問題提起出来ると思います。
例えば、
中嶋明洋、「太陽光発電によるトラブル発生のメカニズムと解決の方向性:専門業者の視点から」地域生活学研究 第6号(2015)pp.61-70
鈴木晃志郎、「景観紛争の科学で読み解く太陽光発電施設雄の立地問題」地域生活学研究 第7号(2016)pp.84-94
吉永明弘、「太陽光発電施設の問題を環境倫理学から読み解く」地域生活学研究 第7号(2016)pp.77-83
太陽光発電は、2009年11月から開始された国の補助金制度を活用した普及施策(FIT:再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度)で進展し、その結果として発生した問題は、法制度が不十分なまま建設が進んだ2015年頃から公のものとなり(中島明洋、2015)、翌年以降で顕著になったと思われます(鈴木晃志郎、2016)。現在も負の側面として継続的に論争が続いている。
対極にある顕著な事例として地熱発電の開発の遅れがあります。世界第3位の地熱源を有する日本においては、地熱発電の立地条件が整っているにもかかわらずその普及は大きく遅れています。その理由の一つに地元や環境関係者との合意形成が困難であることがあげられており(生田目、2018)、発電所の立地推進者との対立の構図には心理的障壁の存在を感じさせられます。
生田目修志、「NEDOにおける地熱発電所立地早期化に向けた技術開発について」地熱技術Vol.43(2018), Nos1&2, pp.37-44
こういった背景から、技術進歩を妨げる人の心理状態に寄り添う
環境デザインとして『エコロジカル・ランドスケープ』
と言った概念も具体化されています(小川総一郎、2018)。
小川総一郎、「エコロジカル・ランドスケープ概念」建設機械施工Vol.70 No.3March 2018 pp.26-31
今後の科学進歩に対しては、心理的視点からの考察無くしては進捗が期待できない状況が生じる場合が多くなると推察します。
2022年07月10日 11:43
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