自分の役職・肩書きが変わった時の考え方
東洋経済ON_LINE(5/24)に面白い記事がありました。まさに自身のあるべき立ち位置が書かれているようで、共感する部分が多いように感じています。
若者が一緒に「働きたい・働きたくない50代」の差
特に的確な指摘
「自分の役職・肩書きが変わる時の捉え方」 には
なかなかいいことが書かれていました。まさに我々アラカン世代が持つべき覚悟が書かれています。これが意外にできていないかもしれない?
ポイントは、役職や責任が年齢的に逆転するとことに対して、どういった受け止め方をしているか、これが分かっているようで意外に納得できないが故に人間関係がこじれる場合が多いように思います。心理学的アプローチ、論理療法をベースに考えるとこんな整理方法があると思います。
<役割が若い人と逆転する場合のイラショナルビリーフ>
・自分の出世が果たせなかった
・役職定年などに伴う権限を剥奪された
・自分のサラリーマン人生はもう終わりだ
少数派の出世し続ける方には不要な概念であり、それが故に大多数の方がこう言った 『ネガティブ感情』にはまってしまうのかもしれません?
<この時に持つべきラショナルビリーフ>
・役割が変わっただけで降格したわけではない
→ 正しい定年の捉え方
・上司としての責任がなくなった
・人として対等な立場で接することは当たり前のこと
こう考えると、若い人とフラットに接することに何の抵抗も無くなります(無くなるはず?)。ただ、相手(若い人)の接し方に振られる部分もあるので必ずしも理屈通りにはいきませんが、少なくとも、我々アラカン世代がそういったスタンスで臨まない限り若い人との良い関係は築けないように思います。
「年長者としてのたしなみは求められます。」
この部分は人としてのたしなみ、礼節を重んじることは年配者の方から意識すべき点だと思います。
「役職定年やさらには定年とそれに続く再雇用という機会を、自分にとっての自由度が増すものと捉えてみる。」
これもラショナルビリーフとしての捉え方であり、アラカン世代も新入社員に戻った気持ちになれば良いのかもしれません?
「ネットの普及などで生活が大きく変わったことで、シニア世代と若い世代のギャップはかつてより大きくなっているはずです。」
まったくもって実感するところです。このギャップを無理に埋めようとせず、相手の価値観を理解しつつ善意に受け止めることが必要だと思います。
最近は若い方々と一緒に仕事をする機会も増えてきていますので、ここでのラショナルビリーフを意識して仕事に臨みたいと思います。
2022年05月25日 10:02
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